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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)187号 判決

東京都北区志茂五丁目三一番二号

原告

生駒文俊

右訴訟代理人弁護士

橋本栄三

東京都北区王子三丁目二二番一五号

被告

王子税務署長 森田東輔

右指定代理人

新堀敏彦

古川敞

阿部武夫

岩崎広海

江口庸祐

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対し平成四年一二月一八日付けでした原告の平成二年分の所得税についての更正(以下「本件更正」という。)のうち、総所得金額九六三万五三一五円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の平成二年分の所得税について、原告が取得した立退料を同年分の一時所得に係る総収入金額に算入してなされた更正に対し、原告が、右立退料は、平成四年分の一時所得に係る総収入金額に算入すべきものであり、平成二年分の一時所得に係る総収入金額に算入すべきものではないとして、右更正の取消しを求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  原告の父である生駒元紀(以下「元紀」という。)は、東京都台東区上野六丁目八番地所在の土地及び建物(以下、合わせて「本件不動産」という。)をもと所有していた。

原告は、元紀から、右建物の三階ないし六階部分(以下「本件建物部分」という。)を借り受け、右三階部分で歯科業を営み、右四階ないし六階部分を家事用等として使用していた。

2  原告は、元紀から、本件不動産を売却するとして、本件建物部分の立ち退きを求められたため、千葉家庭裁判所八日市場支部に対し、平成二年五月三一日、元紀との親族関係調整の調停(以下「本件調停」という。)を申し立てた。

なお、本件調停は、平成四年二月一三日に成立した。

3  元紀は、株式会社共栄プランニング(以下「共栄プランニング」という。)に対し、平成二年八月三〇日、本件不動産を売却した。

4  原告、元紀及び共栄プランニングは、平成二年一二月七日、原告が元紀から受領すべき本件建物部分の立退料二億五〇〇〇万円を、共栄プランニングが原告に対して支払う旨の合意をし、右合意等を記載した基本合意書と題する書面(以下「基本合意書」という。)を作成した。

5  共栄プランニングは、武蔵野簡易裁判所に対し、平成三年一月三〇日、原告及び元紀を相手方として即決和解を申し立て、右同日、右和解が成立した。

6  原告は、平成三年九月二日、本件建物部分を明け渡した。

7  原告は、共栄プランニングから、基本合意書を作成した平成二年一二月七日に二五〇〇万円、前記和解が成立した平成三年一月三〇日に一億七五〇〇万円、原告が本件建物部分を明け渡した同年九月二日に五〇〇〇万円、合計二億五〇〇〇万円(以下「本件金員」という。)を受領した。

8  原告の平成二年分の所得税についての確定申告、本件更正及び不服申立ての経緯は、別紙記載のとおりである。なお、本件更正は、浅草税務署長がしたものであるが、原告が平成五年四月二日に東京都台東区内から同都北区内に住所地を移転し、原告の納税地に異動があったことに伴い、浅草税務署長から被告に事務が承継された。

二  本件更正の適法性についての被告の主張

1  本件更正の根拠

(一) 事業所得の金額 九六三万五三一五円

右金額については、当事者間に争いがない。

(二) 総所得金額に算入すべき一時所得の金額 一億二二二五万円

(1) 一時所得に係る総収入金額 二億五〇〇〇万円

右金額は、原告が共栄プランニングから受領した本件金員の合計額である。

(2) 必要経費の額 五〇〇万円

右金額は、原告の本件建物部分の立退交渉に係る弁護士報酬の額である。

(3) 一時所得に係る特別控除額 五〇万円

右金額は、所得税法三四条三項に定める額である。

(4) 一時所得の金額 二億四四五〇万円

右金額は、(1)の金額から(2)及び(3)の金額を差し引いたものである。

(5) 総所得金額に算入すべき金額 一億二二二五万円

右金額は、所得税法二二条二項二号に基づき、(4)の金額に二分の一を乗じて算出したものである。

(三) 総所得金額 一億三一八八万五三一五円

右金額は、(一)及び(二)の金額の合計額である。

(四) 所得税額 五九四七万八五〇〇円

(1) 所得控除額 二九三万一〇一四円

右金額は、原告が平成二年分の確定申告書に記載した金額であり、当事者間に争いがない。

(2) 課税総所得金額 一億二八九五万四〇〇〇円

右金額は、(三)の金額から右(1)の金額を差し引いたもの(ただし、国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(3) 所得税額 五九四七万八五〇〇円

右金額は、所得税法八九条一項により、(2)の金額に税率を乗じて算出した所得税額六〇五七万七〇〇〇円から、原告が平成二年分の確定申告の際に控除した源泉徴収税額一〇九万八四八三円を差し引いたもの(ただし、国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

2  本件更正における総所得金額及び所得税額は、いずれも被告が本訴において主張する金額と同額であるから、本件更正は適法である。

三  争点

本件において、本件金員は、原告の平成二年分の一時所得に係る総収入金額に算入されるべきか否か、すなわち、本件金員が、所得税法三六条一項にいう「その年において収入すべき金額」に当たるか否かが争われている。

1  被告の主張

所得税法三六条一項は、各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とするとし、いわゆる権利確定主義を採用している。

また、所得税法基本通達三六-一三によれば、一時所得の収入すべき時期は、一般には、その支払を受けた日とされるが、事前にその支払があることを当事者が認識しているような場合には、その支払があることを知った日などとされている。

本件において、原告、元紀及び共栄プランニングは、平成二年一二月七日、原告が本件建物部分から立ち退くこと等を条件として、共栄プランニングが原告に本件金員を支払う旨を合意し、基本合意書を作成しているのであるから、共栄プランニングが原告に本件金員を支払うことは、右合意時に確定しているというべきである。

したがって、本件金員は、原告の平成二年分の一時所得に係る総収入金額に算入されるべきである。

2  原告の主張

本件調停は、家事調停という形態をとってはいるものの、その実質は、原告と元紀との本件建物部分に係る立退交渉であった。

そして、原告は、基本合意書の作成時において、本件建物部分の立退料の総額が二億五〇〇〇万円であることを了解したわけではなく、その後も、元紀との間で、それ以上の金員を支払うよう継続して協議していたところ、本件調停において、元紀は、原告に対し、二億五〇〇〇万円の支払い義務があることを認め、原告と元紀は、原告が共栄プランニングから受領済みの本件金員を右債務に充当することを合意するに至った。

したがって、本件金員の支払が確定したのは、本件調停が成立した平成四年二月一三日であるというべきであるから、本件金員は、原告の平成四年分の一時所得に係る総収入金額に算入されるべきものであり、平成二年分の一時所得に係る総収入金額に算入されるべきものではない。

第三争点に対する判断

一  所得税法三六条一項が、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨を定めていることにかんがみると、同法は、その収入の原因となる権利が確定し、所得の実現があったとみることのできる状態が生じたときには、その権利の確定した時期の属する年分の収入金額に算入して課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものというべきである。同法がこのような権利確定主義を採用したのは、課税に当たって常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものと解される。

ところで、一時所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいい(同法三四条一項)、臨時的、偶発的に発生するという性質のものであるから、その支払があって初めて一時所得に係る収入のあったことが認識されるのが通常である。右のような一時所得の性質に照らすと、一時所得に係る収入金額の収入すべき時期は、一般には、その支払を受けた日によるものと解するのが相当であるが、当事者が、現実に支払を受ける前に、その支払があることを認識しているような場合には、前記のような権利確定主義の趣旨に照らすと、その支払があることを知った日又は支払いを受けるべき権利が確定した日をもって収入すべき時期とするものと解すべきである。所得税法基本通達三六-一三が、一時所得の総収入金額の収入すべき時期は、その支払を受けた日によるものとする、ただし、その支払を受けるべき金額がその日前に支払者から通知されているものについては、当該通知を受けた日により、所得税法施行令一八三条二項に規定する生命保険契約等に基づく一時金のようなものについては、その支払を受けるべき事実が生じた日による旨を定めているのも、同様の趣旨に基づくものであり、合理的であるというべきである。

二  そこで、本件金員が一時所得に係る総収入金額に算入されるべき時期について検討する。

1  証拠(末尾に掲記した各書証)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 元紀は、共栄プランニングに対し、平成二年八月三〇日、本件不動産を代金一五億円で売却した。(乙二号証)

(二) 原告、元紀及び共栄プランニングは、平成二年一二月七日、次のような合意をして、基本合意書を作成した。(甲二号証)

(1) 原告は、共栄プランニングに対し、本件建物部分について、平成二年八月三一日以降、これを占有すべき何らの権限のないことを確認し、平成三年八月末日限り、本件建物部分を立ち退く。

(2) 共栄プランニングは、元紀から、原告と元紀との間の別途合意に基づく元紀の原告に対する二億五〇〇〇万円の違約金支払義務を含む元紀の契約上の地位を引き継ぎ、原告はこれを承諾する。

(3) 原告、元紀及び共栄プランニングは、直ちに即決和解手続を行う。

(4) 共栄プランニングは、原告に対し、前記違約金二億五〇〇〇万円を次のとおり支払う。

ア 基本合意書作成と同時に二五〇〇万円

イ 前記和解成立のときから一週間以内に一億七五〇〇万円

ウ 原告の本件建物部分の立ち退きと引き換えに五〇〇〇万円

(5) 原告と共栄プランニングとの間及び原告と元紀との間には、他に何らの債券債務関係がないことを相互に確認する。

2  ところで、前記第二、一のとおり、共栄プランニングは、原告に対し、基本合意書を作成した平成二年一二月七日に二五〇〇万円、即決和解が成立した平成三年一月三〇日に一億七五〇〇万円、本件建物部分を明け渡した平成三年九月二日に五〇〇〇万円、合計二億五〇〇〇万円を支払っていることについては当事者間に争いがないところ、これを前記1の合意内容と照らし合わせると、右金員の支払額及び支払時期は、いずれも右合意内容と同一であることが認められる。

そうすると、本件金員は、基本合意書に基づいて支払われたものと認められ、右合意内容によれば、基本合意書の作成をもって本件金員が支払われることが確定したというべきであり、また、原告においても、基本合意書を作成した時点において、本件金員が支払われることを知ったものということができる。

3  したがって、本件金員は、基本合意書を作成した平成二年一二月七日をもって、一時所得に係る総収入金額に算入されるものというべきである。

三  これに対し、原告は、基本合意書の作成時において、本件建物部分の立退料の総額が二億五〇〇〇万円であることを了解したわけではなく、元紀との間で、それ以上の金員を支払うよう継続して協議しており、本件金員の支払が確定したのは、本件調停が成立した平成四年二月一三日であるから、本件金員は、原告の平成二年分の一時所得に係る総収入金額に算入されるべきものではない旨主張する。

なるほど、甲三号証によれば、原告と元紀との間で、右同日、元紀が原告に対し二億五〇〇〇万円の支払義務があることを認めること、元紀は右債務を共栄プランニングに引き受けさせ、同社から原告に支払わせ、原告はこれを承諾したこと及び原告と元紀との間には他に何らの債券債務のないことを相互に確認することという条項について調停が成立していることが認められる。

しかしながら、本件調停の当事者は原告と元紀であり、本件金員の支払者である共栄プランニングは当事者にはなっていないのみならず、前記のとおり、原告は、本件調停の成立前に、既に本件建物部分から立ち退き、本件金員を受領したものである。

そうすると、本件調停の成立をもってしても、本件金員が基本合意書に基づいて支払われたものであるという前記認定を覆すことはできず、他に原告の右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張は失当である。

四  なお、原告は、原告が本件建物部分の代替として文京区西片一丁目一〇番一〇三所在の土地を代金五億八五四二万九七六二円で購入し、右土地上に見積金額二億三一七五万円の建物の建築を計画していたところ、仮に、本件建物部分の立退料が二億五〇〇〇万円に確定していたとすれば、右代金合計八億一七一七万九七六二円を捻出することは不可能であり、右のような土地の購入や建物の建築をするはずはないから、このことからも、基本合意書の作成をもって立退料が確定したものでないことは明らかである旨主張する。

しかしながら、仮に、原告が、元紀との間で立退料を増額する旨の交渉を続行し、本件金員のほかに元紀から別途金員を得られる見込みを有していたとしても、前示のとおり、少なくとも本件金員の支払については、基本合意書の作成により確定したものというべきであって、原告主張に係る事実は、本件金員の支払の確定時期に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。

したがって、原告の右主張は失当である。

五  以上によれば、本件金員は、原告の平成二年分の一時所得に係る総収入金額に算入すべきであるところ、これを前提とした同年分の一時所得の金額の計算については、当事者間に争いがない。

そうすると、原告の平成二年分の総所得金額及び所得税額は、それぞれ被告主張額と同額であることが認められるから、本件更正は適法であるというべきである。

よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 裁判官 森田浩美)

別紙 課税の経緯

〈省略〉

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